【院長ブログ】サルコペニアの新しい治療法:臍帯由来幹細胞培養上清の可能性

サルコペニアという現代の課題
日本の超高齢社会において、「サルコペニア(加齢に伴う筋肉量・筋力の低下)」は深刻な健康問題となっています。65歳以上の高齢者の約8人に1人がサルコペニアを患っており、転倒・骨折のリスク増加や生活の質の低下を引き起こします。

従来の治療法は運動療法と栄養療法が中心でしたが、高齢者にとって十分な運動を継続することは困難な場合も多く、より効果的で負担の少ない治療法が求められていました。

そんな中、臍帯由来幹細胞培養上清を用いた革新的な治療法の研究が注目を集めています。

臍帯由来幹細胞培養上清とは
臍帯(へその緒)から取得した幹細胞を培養する際に分泌される成長因子や有効成分を豊富に含んだ培養液のことです。

  • 安全性:医療廃棄物である臍帯を活用するため、倫理的な問題がありません
  • 豊富な成分:筋肉の再生や修復に必要な様々な成長因子が含まれています
  • 低侵襲:細胞移植ではなく、培養上清の投与のため身体への負担が少ない治療法です

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主要な研究成果

  1. Nature系列誌での発表(2023年)
    世界最高峰の科学誌グループCell Death & Diseaseに掲載された研究では、動物実験において以下の効果が実証されました
  • 筋力の有意な向上:握力テストで明確な改善を確認
  • 持久力の増加:運動耐久性の向上を観察
  • 筋肉量の回復:筋線維サイズの増大を確認
  1. 幹細胞研究の専門誌での発表(2022年)
    Stem Cell Research & Therapy誌では、より詳細な作用メカニズムが明らかになりました
  • 炎症の軽減:筋肉の慢性炎症を抑制
  • 細胞死の防止:筋細胞の損失を防ぐ効果
  • エネルギー代謝の改善:筋肉のエネルギー産生能力向上

日本での研究進展
ヒューマンライフコード株式会社と名古屋大学の共同研究では、動物実験レベルで以下の成果が報告されています

  • 老化促進マウスでの有効性確認
  • 筋力・持久力の有意な改善
  • 筋肉細胞の炎症・細胞死抑制効果
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治療のメカニズム

  1. 1,筋肉の「幹細胞」を活性化
    筋衛星細胞と呼ばれる筋肉の幹細胞を活性化し、新しい筋線維の生成を促進します。これは筋肉の「若返り」とも言える現象です。
  2. 2,炎症を抑える
    加齢に伴う慢性炎症を抑制することで、筋肉の分解を防ぎ、修復を促進します。
  3. 3,細胞のエネルギー工場を改善
    筋細胞内のミトコンドリア(エネルギー工場)の機能を改善し、筋肉の持久力向上につながります。
  4. 4,老化の進行を遅らせる
    細胞の老化に関わる分子経路を抑制し、筋細胞の老化を遅らせる効果が期待されています。

臍帯由来幹細胞培養上清治療は、世界的に権威ある学術誌で研究成果が発表されている科学的根拠に基づく治療法です。動物実験レベルでは、従来の治療法では得られなかった細胞レベルでの筋肉の若返り効果が期待されています。

現在の治療状況と注意点

現在は研究段階の治療であり、厚生労働省による薬事承認は受けていません。また、保険適用外の自費診療として実施されています。現時点で国内外で使用されているエクソソームは諸外国を含め有効性・安全性が示され、薬事承認を得て製造販売されている医薬品ではありません。動物実験では安全性が示されていますが、ヒトでの長期安全性データは限定的です。アレルギー反応の可能性や個人差による効果の違いがあります。

参考文献・出典

主要研究論文

  1. Wang, C., Zhao, B., Zhai, J., et al. (2023). Clinical-grade human umbilical cord-derived mesenchymal stem cells improved skeletal muscle dysfunction in age-associated sarcopenia mice. Cell Death & Disease, 14, 387.
  1. Piao, L., Huang, Z., Inoue, A., et al. (2022). Human umbilical cord-derived mesenchymal stromal cells ameliorate aging-associated skeletal muscle atrophy and dysfunction by modulating apoptosis and mitochondrial damage in SAMP10 mice. Stem Cell Research & Therapy, 13, 226.
  1. Park, C.M., Kim, M.J., Kim, S.M., et al. (2016). Umbilical cord mesenchymal stem cell-conditioned media prevent muscle atrophy by suppressing muscle atrophy-related proteins and ROS generation. In Vitro Cellular & Developmental Biology – Animal, 52, 68-76.

日本の研究機関による発表

  1. ヒューマンライフコード株式会社 (2022). サルコペニアに対する臍帯由来間葉系細胞の検証結果がStem Cell Research & Therapyに掲載
  1. 厚生労働省医政局研究開発政策課 (2024). 幹細胞培養上清液及びエクソソーム等を用いる医療について(周知)事務連絡
  1. Lo, J.H., Yiu, T., Ong, M.T., Lee, W.Y. (2020). Sarcopenia: Current treatments and new regenerative therapeutic approaches. Journal of Orthopaedic Translation, 23, 38-52.
  2. 上原記念生命科学財団研究報告集 (2022). 加齢性サルコペニアに対する細胞治療法の確立. Vol.36, Report No.009.