【院長ブログ】ALS(筋萎縮性側索硬化症)の最新治療法
幹細胞培養上清液とiPS細胞の可能性
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
神経細胞が徐々に損傷され、筋肉が動かなくなる進行性の病気です。
著名な物理学者であるスティーブン・ホーキング博士が患っていたことで知られています。この病気は、運動神経が壊れていくため、手足の力が入らなくなったり、話せなくなったり、呼吸ができなくなったりします。
現在、完治する治療法はありませんが、症状を遅らせる薬がいくつかあります。
近年、再生医療の分野でも新たな希望が見えてきました。特に幹細胞を使った治療が注目されています。この記事では、幹細胞の培養上清液とiPS細胞を活用した治療について説明します。
幹細胞培養上清液
まず、幹細胞培養上清液とは何かを説明しましょう。幹細胞は「体内のさまざまな細胞に変わる」能力を持つ特別な細胞です。
これを培養すると、細胞自身だけでなく、培養液の中に有用な物質が分泌されます。この分泌された液を「培養上清液」と呼びます。
上清液には、成長因子や抗炎症物質が含まれていて、神経細胞を守ったり、炎症を抑えたりする効果が期待されます。ALSの場合、運動神経の損傷を防ぐために使われます。
従来の治療では、”幹細胞自体”を直接体に注入する方法がありましたが、幹細胞培養上清液は”細胞を入れない”ため、腫瘍形成のリスクが低いと言われています。
幹細胞培養上清液を用いた実験
研究では、動物実験や細胞レベルの試験で改善の見られるケースが報告されています。例えば、ALSのモデルマウスに上清液を投与すると、運動機能の低下が遅れ、寿命が延びるという報告があります。これは、上清液の中の物質が神経細胞を保護し、炎症を減らすからです。
人間(ヒト)での試験も少しずつ進んでいます。ある研究では、ALS患者に上清液を鼻からや静脈から投与したところ、関節の動きが良くなり、病気の進行が遅くなった例があります。ただし、これはまだ小規模な試験で、大規模な試験での確認が必要です。
幹細胞の種類とその上清液のはたらき
治療に主に使われるのは、歯髄由来と臍帯由来の幹細胞上清液です。
どちらも間葉系幹細胞というタイプで、似た働きをしますが、少し違いがあります。
◆歯髄由来の幹細胞上清液
歯の中心にある組織で、乳歯や親知らずから取れます。
神経の再生を助ける因子が多く含まれ、ALSのモデル実験で神経細胞の毒性を減らし、生存率を高める効果が示されています。人間の症例では、68歳の患者さんが1年間投与を受け、肺機能が維持され、病気のスコアが安定したという報告があります。
◆臍帯由来の幹細胞上清液
赤ちゃんのへその緒から得られます。
炎症を抑える働きが強く、マウス実験で脊髄の炎症細胞を減らし、寿命を延ばしました。どちらの効果が高いかは、直接比較した研究が見つからないので断定できませんが、臍帯由来は全身の炎症制御に優れ、歯髄由来は神経保護に強い傾向があります。
患者さんの状態や投与方法によって使い分けたり、または両方を併用することもあります。将来的には、さらにデータが集まることで、どちらが適しているか明確になることが望まれます。
国内での幹細胞培養上清液を用いた治験
・株式会社U-Factorと連携したクリニックで、2023年から「ALSに対する乳歯歯髄幹細胞培養上清液の投与による安全性と有効性の検討」という特定臨床研究が行われています。
この治験は、20歳以上のALS患者さんを対象に、上清液の安全性を確認しつつ、有効性を探っています。2025年現在、進行中の試験で、鼻や静脈からの投与が試されています。
参加者は限定的ですが、初期の結果では副作用が少なく、症状の安定が観察されています。
・また、別の例として、ヒト自己骨髄由来間葉系幹細胞「STR03」の第Ⅱ相臨床試験が2025年7月に開始されました。これは、骨髄から取った幹細胞を活用し、ALSの進行を抑えることを目指しています。
iPS細胞を用いた治療
iPS細胞を使った治療も、大きな期待を集めています。「iPS細胞」は、体細胞をリプログラミングして作られ、ほぼ全ての細胞に分化できる人工の多能性細胞です。
(「幹細胞」は、体内で新しい細胞を生み出す能力を持つ細胞の総称で、iPS細胞も広義では「幹細胞」に含まれます。ただし、一般には「幹細胞治療」は体内に「既に」ある幹細胞を取り出して行う治療、「iPS細胞治療」は体内に既にある幹細胞を取り出し、それを細胞の最も若い状態にリプログラミング(初期化)して行う治療を意味することが多いです)
iPS細胞は京都大学の山中伸弥教授が開発し、ノーベル賞を受賞しました。ALSでは、患者自身のiPS細胞から運動神経細胞を作り、病気の仕組みを調べたり、新しい薬を探したりします。また、治療として、iPS細胞から神経前駆細胞やアストロサイトを作って移植する方法が研究されています。これにより、損傷した神経を補う効果が期待されます。
幹細胞培養上清液やiPS細胞を用いた治療はまだ標準治療ではなく、前臨床段階や初期の臨床試験です。
しかし、将来的に幹細胞上清液とiPS細胞を用いた治療が確立すれば、病気の進行を大幅に遅らせ、生活の質を向上させるでしょう。
私たちのクリニックでは、最新の情報を基に患者さまのサポートを続けていきます。ご質問があれば、いつでもお問い合わせください。
参考文献
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- News ニュース一覧 – 再生医療相談室 (2025)。STR03の第Ⅱ相試験。
- ALSの治療法は見つかったのか?最新研究と今後の可能性を解説 (2025)。慶應義塾大学のロピニロール治験。
- 令和7年度 ALS 等神経難病対策に関する要望 (2025)。京都大学のボスチニブ試験。