【院長ブログ】自分のiPS細胞と他人のiPS細胞について

iPS細胞医療が身近になったとき、「自分の細胞から作るiPS細胞(自家由来)」を使うのか、「他人由来のiPS細胞(他家由来)」を使うのかは、その時点で多くの方が気になるポイントだと思います。どちらにもメリットがあり、病気の種類、治療の緊急性、免疫の状態、費用や時間などで選択が変わります。ここでは、両者の違いと、将来に向けた備えとしての「iPS細胞バンキング」に対する考え方を整理します。

そもそも、iPS細胞とは

iPS細胞は”初期化した細胞”のことで、体のあらゆる細胞(神経・心筋・血液・肝臓など)に変化できる能力を持っています。
心筋、神経、網膜など目的の細胞へ分化させ、弱った組織を補う治療が期待されています。
一方で、iPS細胞を医療に使うには「安全性(腫瘍化など)」「品質(iPS細胞になっているか、混ざりものはないか)」「免疫(拒絶反応)」といったハードルがあり、世界中で厳密な確認が進められています。

自家由来iPS細胞(自分の細胞から作る)のメリット・デメリット

自家由来の最大のメリットは「免疫の相性が基本的に最も良い」ことです。体の免疫は、よそ者を見分けるためにHLA(白血球型)などの目印を使っています。自分の細胞から作ったiPS細胞は、自分と同じ目印を持つため、拒絶反応が起きにくく、免疫抑制剤(免疫を弱める薬)を減らせる可能性があります。これは、長期的に体内で生着して働いてほしいタイプの治療ほど大きな利点になります。

一方、デメリットは第一に「時間がかかる」ことです。細胞採取からiPS細胞作製、品質確認、目的細胞への分化、出荷までには工程が多く、病気が進行している時に“待てない”場面があり得ます。第二に「費用が高くなりやすい」ことです。自家由来は基本的に“オーダーメイド製造”で、患者さんごとに別ロットとなるため、製造・品質試験の負担が大きくなります。第三に「元の細胞の状態の影響」を受けうる点です。加齢や生活習慣、既に存在する体細胞変異(細胞の遺伝子の小さな変化)が、作製したiPS細胞の品質管理の難しさにつながる可能性が議論されています。実際、iPS細胞医療全体の課題として、安全性、遺伝的安定性、免疫原性、腫瘍化、再現性、スケール化などが挙げられています。

他家由来iPS細胞(他人の細胞から作る)のメリット・デメリット

他家由来のメリットは「速さ」と「標準化」です。あらかじめ品質評価を行い、在庫として準備されたiPS細胞(ストック)を使えれば、治療のタイミングを早められる可能性があります。また、同じ細胞株を多くの患者さんに使う前提なので、製造・品質試験の手順を標準化しやすく、規模が大きくなれば1人あたりのコスト低下も期待されます。

ただし最大の壁は「免疫拒絶」です。HLAが合わない細胞は体にとって“よそ者”なので、拒絶反応が起こり得ます。このため、免疫抑制剤が必要になる場合があり、感染症リスクなどの副作用も考慮が必要になります。そこで現実的な解決策として進められているのが、「HLAの型が合いやすいドナーから作ったiPS細胞をストックする」発想です。

「HLAが合いやすいiPS細胞ストック」という考え方

日本では、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)などが中心となり、免疫拒絶反応が起きにくい組み合わせを狙って、HLAがホモ接合体(同じ型を両親から受け継いだ状態)の健康なドナーからiPS細胞を作り、品質を確認したうえで備蓄し、必要に応じて提供する取り組みが説明されています。
この方式は「自家ほど完璧ではないが、他家の弱点(免疫)を小さくしつつ、速さと供給力を得る」バランス型の選択肢です。また、実際にHLAホモiPS細胞ストックが複数作製され、臨床試験で移植用細胞の原料として使われていることも示されています。

では結局、どちらを選ぶべきなのでしょうか。

将来のiPS細胞医療では、「どちらか一択」ではなく、次のような軸で使い分けが進むと考えられます。

たとえば、急いで治療を開始したい場合や、標準化された細胞を使った治療が適している病気では、他家由来(特にHLAストック)が有力になります。一方で、免疫抑制剤をできるだけ避けたい方、長期生着が重要な治療、あるいは特殊な条件で他家細胞が適しにくい場合には、自家由来が魅力的です。さらに研究開発の面では、普遍的に使える他家細胞を目指して、遺伝子編集で免疫から見えにくくする試みも議論されていますが、その場合は別の安全性の論点(免疫からの排除が効きにくいことで、万一の“混ざりもの”が残った時に不利にならないか等)も慎重に検討されています。

将来への備えとしての「自分のiPS細胞を先に用意しておく」という選択
ここで重要になるのが、iPS細胞の「バンキング(作製・保管)」という考え方です。自家由来の弱点は、必要になってから作ると時間がかかる点でした。逆に言えば、元気なうちに自分の細胞からiPS細胞を作り、品質確認を経て保管しておけば、「いざという時に“作製待ち”の時間を短縮できる可能性」があります。

また、加齢や病気の影響を受ける前の細胞を確保しておく、という意味でも合理性があります。iPS細胞医療はまだ発展途上で、すべての治療が明日すぐ受けられるわけではありませんが、選択肢が増えていく時代には「必要になってから考える」のではなく、「選べる状態を先につくる」ことが価値になります。

当院では、こうした将来の医療の選択肢を広げる目的で、iPS細胞のバンキングサービス(ご本人の細胞採取から、作製・保管までの流れを整えた備え)を提供しています。将来の治療が自家由来を必要とするケースに備えたい方、免疫抑制剤をできるだけ避けたい可能性を残したい方にとって、「今できる準備」の一つとしてご相談いただけます。

最後に、誤解のないよう付記します。iPS細胞を使う治療は、適応となる病気・治療法ごとに臨床研究や承認状況が異なり、効果や安全性、費用も一律ではありません。気になる方は「どの病気の、どの段階の治療で、どの細胞ソースが現実的か」を、医療者と一緒に整理することが大切です。

参考文献
・京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト(https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/stock.html)
・京都大学iPS細胞研究財団 HLAホモiPS細胞ストック(https://www.cira-foundation.or.jp/j/provision-of-ips-cells/homozygous/)
・PMDA「再生医療とレギュラトリーサイエンス(資料)」再生医療製品のリスク(残存iPS/ES細胞による腫瘍形成等)(https://www.pmda.go.jp/files/000156090.pdf)
・Moy AB, et al. The Challenges to Advancing Induced Pluripotent Stem Cell-Dependent Cell Replacement Therapy (PMC)(https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10768945/)